代表者プロフィール

吉野夕子 yuko yoshino

関西大学大学院経済学研究科前期課程 首席修了(修士・財政学)、大学院で地球環境問題の研究半ばで大病に倒れる。その後、劇症肝炎で救命率1%程度と言われる死闘の中、脳死肝移植に直面したが手術せず奇跡の自力回復を遂げる。闘病中に自らの生きる希望となっていた「患者さんに役立つ仕事をしたい」という思いを込めアスモスマイルをスタート。

共著『食と環境』(晃洋書房)

 

アスモスマイル設立への動き・背景について以下に詳しく書きました。

1975年大阪生まれやで~

15歳 特発性血小板減少性紫斑病(血液の難病)を発症
   中学3年生の卒業時ごろに「あなたは難病です」と診断され、

思春期の心には大きな衝撃が走りました。20歳まで生きられないのかも・・・と。

 

止血作用に大きくかかわる血小板が減少してしまう病気で、内臓や脳などどこで出血が起きてもおかしくないのに、

見た目には病気がわからず普通の高校生に見えるので、「もしも何かあったら…わたしの病気をわかってもらず処置が遅れるのでは・・・」と毎日、恐怖を感じながら普通高校に通学。(危険なので体育は見学)

          

2週間~4週間に一度の通院で経過観察を続ける。

私も母も難病になったことを受け入れたくない気持ちが強く、特定疾患(難病)の申請はしなかった。 

   
   
19歳 関西大学経済学部入学 ・・・学生時代は比較的体調が良く 通院も1ヶ月~3ヶ月に
   
23歳

関西大学大学院に進学 ・・・もっと勉強がしたい。

環境経済学を研究し、大学講師になりたいという夢があり(+就職して毎日通勤するのは体力的に難しい。)ということで進学。毎日「環境税」の研究に励む

   
25歳

日々の努力の結果、成績優秀にて修士論文提出できたが 提出直後から 38~9℃の高熱が続き寝込む

全身性エリテマトーデス(免疫の難病)を発症

入院し、ステロイドパルスなど強い治療を行う 

腎臓、肝臓、肺、膵臓、心臓、脳・・・と次々と全身の臓器に炎症が起き、気を失いそうなぐらいの苦しさが入院後ずっと続いた。

  ・・・退院後、自宅療養(大学院は休学)
   
   
26歳

ステロイドによる免疫抑制により 感染症(結核性胸膜炎)発症。入院治療 大量に薬を使う 2002年1月に退院。自宅療養。

   
   
26歳 3月 関西大学大学院経済学研究科前期課程 首席にて修了(修士号取得)
27歳

同年6月、治療薬が原因とみられる 薬剤性劇症肝炎(難病)発症  救急搬送

大阪大学医学部附属病院 高度救命救急センターにて救命率1%ほどの絶望的状況で闘病がはじまる。

血漿交換※をつづけるが改善の傾向なく、苦しい葛藤の末、 

7月  脳死肝移植のレシピエント登録

気力で肝性脳症をはねのけ、ずっと意識があった。意識があるが故の「死」への恐怖、脳死移植への葛藤など、精神的な苦しみは言葉にできない。         

8月  脳死ドナー出現したが、移植せず。ドナー出現の3日後のCTにて、医師団も驚く奇跡の自力回復が認められる。

 

10月  退院   

歩行できない状態での退院。自宅療養で体力をつけ、数年がかりで、日常生活が行えるほどに回復。

体力の回復とともに家業の手伝いを行い、家でできるネットショップなどを手がける。

大学時代の恩師のご指導により執筆や研究手伝いをさせていただきながら、地球環境問題、生物多様性の研究を続ける。

   
   
2011年3月

伊豆高原へ引っ越し(父、慢性腎不全が悪化したのをきっかけに家族みなの療養目的で)

2013年5月

アスモスマイルをスタート

 

 ※血漿交換・・・全身の血液中の血漿を、献血からいただいた血漿と入れ替える治療。治療の際の気持ちなどコチラ(ブログ)に書いています。献血のおかげで、今、生きることができています。献血に心から感謝しています。